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レイキ療法の歴史
大正時代から続く日本古来の癒し療法

usuimikao.jpg臼井 甕男 先生「霊気」という言葉は、明治、大正時代の日本の療術家たちが、人々の治療に使っていた目に見えない「気」の事を言います。臼井霊気療法は、大正時代、臼井 甕男と言う1人の男性が「人生の目的とは何か」という探求をはじめ様々な経験、研究、そして修行をされました。京都の禅寺で3年の修行の後、座禅では得られなかった境地を求め、京都鞍馬山に断食瞑想の修行に入り、21日が経過した日に悟りの境地に至りどのような時でも穏やかで安心している心の状態「安心立命」、「宇宙既我,既我宇宙」 の境地を得たと同時に癒しの能力を得たことにはじまります。

その力を一子相伝というものではなく、多くの人々に役立てようと大正11年4月東京に臼井霊気療法学会を創設し、精神性を重んじることによって治療能力は自ずと上がるという考えのもと多くの人々に治療を施し、また多くの霊気療術家が輩出されました。当時の臼井先生の門下生は、2,000人と言われそのうち師範として認定された方は21人でした。大正12年に起きた関東大震災の時には多くの人々が霊気によって救われたと伝わっております。
※現代では、戦後に西洋文化を多く取り入れたことにより、医師法,薬事法の変化が起き法律上では、霊気法は治療という言葉は使えません。また現在臼井霊気療法学会では会員を募集しておりません。

日本から西洋へ渡り発展していく霊気法〜Reiki-ho

hayasi.jpg21番目の師範 林忠次郎先生
臼井先生の21番目、最後に師範認定を受けた林忠次郎先生は、臼井霊気療法学会を退会され東京信濃町にて治療を中心とされた林霊気研究会を創設され多くの患者さん達を見ていましたが、その患者さんの中に高田はわよさんという方がいました。この方はハワイの日系2世であり病気治療の目的で日本へ来ていましたが、手術台の上で「手術を受けてはいけない」という声に導かれ自ら手術台を降りたと伝わっております。医師から林霊気研究会を紹介され8ヶ月程で手術ではなければ治らないと言われていた病が完治します。
takada.jpg高田はわよ氏
病が完治したのち、霊気を学びハワイへ持ち帰りレイキクリニックを立ち上げ晩年まで多くの患者さんたちを看ていましたが、晩年になり22名のマスター(師範)を輩出されました。
高田先生が亡くなった後は、お孫さんであるフィリス•リー•フルモトさんを代表とするレイキアライアンス(団体)と、バーバラ•ウィバー•レイさんのラディアンステクニークに大きく分かれ、その後、ラディアンステクニークは欧米諸国へと広がっていきました。
※その広がりは「レイキ」という言葉がヒーリングの代名詞となるほどに発展していきます。その中には臼井先生とは無関係のレイキもたくさん存在していきました。

 1980年代後半、逆輸入の形でレイキが日本へ戻ってきます。

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